癒しと自分の伝統

自分の伝統は、自分がどのような

人間で、世界に何を伝えていくのか

自分を定義するのに大変役に立つ

ものだ。



しかし、家庭に、著しい伝統がなく、

調べることも困難な場合、自分の

中で隠れている思想をまとめる

作業によって、自分の伝統が

現れてくる。



伝統と言えば、職業だけではなく、

病気への傾向とか、性格の悪い点

等が、見事に、次の世代に引き継がれる。

実に不思議な傾向だ。



中に、嫌だと思う性格とか、病気の

発病を恐れてとか、自分がいじめられて

嫌な思いをしたから、自分をいじめた

人に見せつけるため、あるいは、復讐

するために霊的な力と霊的な癒しを

求めている人はいる。



強く、癒しの力にあこがれると、

人によっては、不思議な現象が

起こり始める。例えば、自分に

近い人が、急に重い病気になる。

そして、偶然(必然)に、その病気を

直してくれる、ヒーラーが現れる。


そのヒーラーに多額のお金を支払い、

自分でも、癒しを行うことが

出来るようになる。最初は全ては

上手くいくが、少し、健康状態が

おかしくなって、思うように

癒しが出来なくなったりして、

或いは、患者さんたちは治って、

数週間後また戻ってくるという

あまり望ましい結果がでなくなる。



癒しの力を探す人は、先ず医学や

東洋医学・整体等を学ぶといい。

知られていないが、霊的な深みを

求めるならば、霊的なものを教えたり

使ったりして、お金をもらっては

いけない。



そして、霊的な世界に入ると、

この世の現実についていくことが

難しくなるので、手でできる仕事が

無いと、足が地から浮いてしまう。



ところが癒しというものは、どのような

ものだろうか?

> 病気で苦しんでいる人を元気にしてしまう?

> 心の悩みを抱えている人に喜びを返してくれる?



しかし、他人を癒したいと思うあなたは、

どこから判断する権利をもらっただろうか?



病気の苦しみはいけないとどうしてあなたに

分かるのだろうか?



苦しんでいる本人は、この地球で、様々な

ことを体験をするために生まれてきた。

その一つの体験は病気を患い、大変な苦労

して病気を克服した時の喜びを味わう目的で、

病気になったのに、他人がその人の病気を

奪ってしまえば、「重病克服」という貴重な

体験を奪うことになる。その人は予定

していた成長を、この人生においてもう

出来なくなってしまうかもしれない。

責任は重大だ!


結果的に、「癒し」は表から見れば、

人の病気を霊的な力で直したことになる。

しかし、99%では、癒しの力を持っている

自分が周りの人より上で、すぐれている

ことを証明することになる。病気を患った

人のためではなく、自分の為にやるという

ことになる。



ここで、また、伝統が重要になる。

純粋な気持ちで、癒しを祈る場合は

自分の先祖に頼む以外は方法はない。



どうしてかというと、神に頼んで

しまうと、貸し・借りの勘定ができて

しまうから。神に対して、「生かせて

いただいてありがとう」の感謝の気持ち

以外は謹んでおいた方が無難だ。



神頼みの人間は特殊な電波を発している

から、幽界の霊を呼び出してしまう

可能性は極めて高い。そうすると、

自作自営の癒しが行われる。そして、

それを見て、感動して、自分も

そんな奇跡をおこないたいと思い、

幽界の霊に乗っ取られてしまう。

その霊は、周りの人に乗り移って、

病気を起こし、あなたが現れて、

儀式を行うと幽界の霊はあなたに

戻るだけの癒しになる。当然、そこに

お金の取引がある。徐々に「癒し」は

自分の収入源になる。そして、自分の

霊的な垢が山積みされる。当然借りた

ものは返さなければならないので、

あなたが病気になる番がくる。しかし、

あるはずの癒しの力は、なぜか本人の

病気に効かない。不治の病で死んでいく。


このテーマは非常に長くなるので、

今日はここまでにしたい。

生かして頂いていることに感謝!

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