失業はどうしておこるの?

失業は「一種のラブレターである」と書いたが、

実際に失業された方の中で、肯いてくれる人はいるのでしょうか?


殆どの場合は理不尽に思い、「やられた」と感じるでしょう。

会社にひどい仕打ちをされたと感じて、被害者意識にどっぷりと

浸かっているのではないかと思います。


ところが、大変矛盾に感じられるだろうと推測しますが、

失業はかたち上、被害を受けたように見えるが、

時間をかけて調べていけば、認めたくないかもしれませんが、

必ず本人が、心の奥底に違う生き方にあこがれていたのか、

あるいは「このままはだめだ」、「自分がだめだ」と思っていたことが判明し、

今の生活に終止符を打ちたいと願っている自分がみえてきます。



自分の願望に気付いているのか、気付いてないのか関係なく、

「お望み通り」という結果になります。




特に日本の社会に於いて、一旦会社に就職をしてしまうと、

「柵」という形式的なものが出来てしまう。自力でその柵から

自由になれない人は多いと感じます。



失業は柵から自分を解放してくれる非常に大切な役割を果たしています。

新たな気持ちで、今までに何らかの理由で取り掛かれなかった

大切なチャレンジの時間が与えられたと理解していただければ幸いです。

理解できなくとも、失業はチャンスだと考えていただければ、

いや、考えてもらわなければなりません。なぜなら、今までに

想像もしなかった、新しい、理想に近い生活が待ち受けているからです。




失業の背後に四つタイプの本人に特有の「嘆き」があります。

そして、本人の歴史があります。頭の中で巡りまわっている

「独り言」は、自分のものだと勘違いしがちですが、

1)両親から受け継いだもの、

2)先生から言われて、心に刺さった言葉、

3)友達、テレビから知らないうちに引き継いだ言葉が入り込み、

自分の考え方であるかのように、心の中ではびこってしまっています。



本人が本来考える内容と、無意識に外部から取り入れて考えている

内容を区別する必要があります。一種の棚卸か、税金の自己申告

のようなものです。どんぶり勘定ではなく、確実に一つ一つの

「独り言」は自分の出費なのか、それとも紛れ込んでしまった

外部の伝票か、識別する必要があります。お正月の大掃除といったところですね。




そして、次に、自分の将来に向けて新しい自分を想像するというやり方があります。

何をするって?

ひたすら書きます。自分の理想的な姿をあらゆる側面から描きます。

この過程で自分の天命を取り入れて、理想像を作ります。